小山夏比古彫刻展 『形象・エロスの変容 ― いのちのかたち ―』9/25-10/5

shell102企画
小山 夏比古彫刻展『形象・エロスの変容 ― いのちのかたち ―』
2020年9月25日(金)−10月5日(月)
11:30ー19:00 休廊日: 火・水曜日
レセプション:9月26日(土) 17:00ー19:00

彫刻家、小山夏比古は1973年から75年、パリのエコール・デ・ボザールで彫刻家セザールに師事し、彫刻を学びました。帰国後は数年で創作活動から離れた小山は、8年前に再びフランスと日本を行き来しながら創作を始め、3年前からは創作の原点である彫刻を再開します。
前出のように、小山は長年作家活動を絶っていました。作家が活動を断つ時は、創作の行き詰まりなどを思い浮かべるのが常です。確かに生活のための決断であったことは間違いありませんが、何事にも率直に向き合う小山にとって、生活の為の仕事での出来事も自身を生きるかたちにつながっていたと考えられます。
20代半ばを過ごしたフランスでは、セザールに勧められ出品したコンクールで入賞。帰国後は就職。そして活動再開してからの作品を見てわかるのは、生きるための仕事の時間もかたちを生み出す行為の一環で、45年前の創作活動から今に至るまで同じ熱量で全てに対峙して来ていたということです。
小山は活動再開のことを「浮世のしがらみからの解放」と言っています。しかし小山の「浮世のしがらみ」は創作への足かせではなく欲するものへの道しるべだったのではないでしょうか。
かたちを作る意識を限りなく無意識にして創作時間を過ごすことは、まさしく1973~75年のパリで過ごした時間の続きです。展覧会『形象・エロスの変容 -いのちのかたち- 』は1975年の続きであり、途中であり、いまの 「いのちのかたち」です。会場には当時パリの展覧会に出展した作品の拡大写真も展示いたします。
(gallery shell102)

<作家の言葉>
この展覧会のタイトルにある「エロス」という言葉は、もともとギリシャ神話に出てくる愛を司る神の名前です。フロイトの精神分析では「エロス」は「生への欲動」を意味し、「タナトス -死への欲動- 」の対義語として両者は表裏一体をなすものであるとされています。
2012年、 私は「浮世のしがらみ」からようやく解放され、30年のブランクを経て制作活動を再開しました。翌年、40年前の自らの制作の原点であるパリに3ヶ月間滞在、300枚の裸婦デッサンを描きました。アカデミー・グランド・ショーミエールでのデッサンの傍らルーヴルを丹念に見て歩き、磔刑図とともに裸婦を描いた作品群に圧倒されました。「裸婦」は古代ギリシャの時代から西洋美術の重要なモチーフのひとつでした。ルーヴルで多くの宗教画と裸婦像を丹念に見るうちに、« La chair et l’ésprit »「肉と霊」の対立を説くパウロの言葉に強い疑念を抱くようになりました。ヨーロッパ美術の伝統的なモチーフである「裸婦」を、そしてギリシャ的概念である「肉と霊」を非ギリシャ的な自らの感性で表現してみようと「グアッシュによる裸婦シリーズ」を描きはじめました。それはパウロの二元論に対する不遜な挑戦であったのかも知れません。 そして2015年に東京、2016年にパリ、2017年に箱根で個展を開きました。2016年の個展のタイトルは« La chair et l’esprit » 、2017年は「エロスからロゴスへ」としました。彫刻を再開したのは2017年になってからでした。今回の個展のタイトルを「形象・エロスの変容」としたのは、同じテーマによる彫刻での実験だからです。絵画はあくまで「イメージ」であり、彫刻は「かたち」です。そういう意味からサブタイトルを「いのちのかたち」としました。45年前にパリで制作し、サロン・ド・メ及びツーロン国際美術展に出品した彫刻作品(参考写真として展示)は「エロス」と表裏一体をなす「タナトス」の無意識の表象であったのかも知れません。2020年8月   小山夏比古

【作家略歴】
小山夏比古 (コヤマ ナツヒコ) Natsuhiko Koyama
愛知県立芸術大学彫刻科卒業。のちに渡仏、エコール・デ・ボザールで彫刻家セザールに師事、ツーロン国際美術展コンクール2位受賞。帰国後は高校の教師を務めながら制作活動を行う。その後、広告会社でデザイン・制作に従事。その間、広告、写真でいくつかの賞を受賞。2008年からは箱根にあるミュージアムの総支配人として勤務。2012年に退職後、作家活動を再開。2016年パリのLa Belle Hortense個展 「la Chair et l’Esprit 」。2017年平賀敬美術館個展「エロスからロゴスへ 2017」など。